【健康寿命】「年だから仕方ない」は一番危険な思い込みだった

「最近ちょっと疲れやすいけど、年だから仕方ないか…」
こうやって、自分の体や心の不調にフタをしてしまうことはありませんか。
もちろん、私たちの体は年齢とともに変化します。「若い頃と同じ」というわけにはいかない部分も出てきます。ただ、「年だから仕方ない」と全部まとめてしまうと、本当は対処できた不調や病気のサインを見逃してしまうこともあります。
この記事では、「年齢のせいにしてしまうクセ」がなぜ健康寿命にとって危ないのか、そして「年だから」を言い訳にしないための考え方と、受診・セルフケアのバランスを、ゆっくり整理していきます。
読者の方の多くは40〜70代。「もう折り返しは過ぎたし、今さら…」と感じる瞬間もあるかもしれません。それでも、今からできることはたくさんあります。一緒に「年だから仕方ない」というメモを、心の中でくしゃっと丸めてしまいましょう。
目次(表示させると見出しが見られますよ!)
健康寿命という考え方から見える「もったいなさ」
まずは、この記事のテーマである「健康寿命」から話を始めます。
厚生労働省の「e-ヘルスネット」では、健康寿命を「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と説明しています。2022年のデータでは、平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約12年の差があると報告されています。(厚生労働省 「平均寿命と健康寿命」)
言い換えると、「生きてはいるけれど、思うように動けない時間」が10年前後ある方が多い、ということになります。
もちろん、誰もが100%思い通りに老いをコントロールできるわけではありません。それでも、
- 「あの時、もう少し早く受診していれば…」
- 「あの頃から少しずつ生活を見直していたら、今もう少し楽だったかもしれない…」
こうした「もしも」は、できるだけ減らしたいところです。
にもかかわらず、私たちは不調を感じたときに、つい「年だから仕方ない」と自分を納得させてしまうことがあります。この一言が、健康寿命と平均寿命の差を、じわじわと広げる方向に働いてしまうこともあるのです。
「年だから仕方ない」がなぜ危険な思い込みなのか
① 不調の「原因探し」をやめてしまう
「年だから仕方ない」という言葉は、一見すると前向きなあきらめのようにも聞こえます。「まあ、無理せずいこう」と自分をなだめる効果も、確かにあるでしょう。
ただ、この言葉の怖いところは、そこで考えるのをやめてしまいやすい点です。
- 膝が痛い → 「年だからだよね」で終わる
- 息切れしやすい → 「運動不足と年齢かな」で済ませる
- 疲れやすい → 「年相応だから」と受け入れてしまう
でも、その裏側には、
- 関節や筋肉の負担がたまっているサイン
- 心臓や肺の病気が隠れているサイン
- 肝臓・腎臓・甲状腺など、内臓の疲れからくるサイン
- うつや不安など、心の不調のサイン
が隠れている場合もあります。
もちろん、すべての不調が重い病気につながるわけではありません。ただ、原因を探そうとする視点を手放してしまうと、「たまたま軽い不調」なのか「早めに対処した方がいいサイン」なのかを見分けるチャンスまで失ってしまうのです。
② 「フレイル」という“戻せるうちのサイン”を見逃しやすくなる
最近よく耳にする言葉に「フレイル」があります。厚生労働省は、高齢期にみられる要介護状態の手前の、心身の衰えた状態を指す概念として説明しており、適切な対応をすれば元に戻る可能性がある段階とされています。(厚生労働省「食事摂取基準を活用した高齢者のフレイル予防事業」)
フレイルのサインとして挙げられるのは、例えばこんなものです。
- 体重がじわじわ減ってきた
- 歩くスピードが遅くなった気がする
- 少しの段差や階段がおっくうになってきた
- 外出の回数が減ってきた
- なんとなく気分が落ち込みやすい
どれも、「年だから仕方ない」と片づけてしまいやすい変化ですよね。
でも、フレイルの段階で気づいて、食事・運動・社会参加などを少しずつ見直していくことで、状態が改善する可能性があるとされています。だからこそ、ここで「年だから」と思い込んでしまうのは、とてももったいないことだと感じます。
③ 「もう遅い」と思うことで行動する気力がそがれてしまう
「年だから仕方ない」という言葉の奥には、
- 今さら頑張っても大きくは変わらないだろう
- 若い人みたいにはなれないし…
- 周りからも『その年で頑張っても』と思われそう
こんな気持ちが隠れていることもあります。
でも実際には、40代・50代・60代で生活を変えて体調がラクになったり、体力が戻ったりした例はたくさんあります。医療や介護の現場でも、「少しでも早い段階で生活を整えた方が、その後の負担が軽くなる」ということが、繰り返し指摘されています。
「年だから仕方ない」と口にするたびに、「変えればまだ楽になるかもしれない」という可能性の芽を、自分で摘んでしまっているかもしれません。
「年齢のせい」にしてしまうクセの正体
ここからは、なぜ私たちが「年だから仕方ない」と言いたくなってしまうのか、心の動きを少しだけのぞいてみます。
① 自分を守るための「言い訳」として働いている
私たちは、痛みや不調に向き合うとき、どこかで「原因が重かったらどうしよう…」という不安を抱えています。
病院に行くのがこわい、検査がこわい、診断名を聞くのがこわい。そう感じるのは、ごく自然なことです。
そんなとき、
「年だから仕方ないよ」
という言葉は、心を守る役割を果たしてくれます。「深刻に考えなくてもいい」と自分に言い聞かせることで、今の不安から少しだけ逃がしてくれるのです。
つまり、「年だから仕方ない」は、自分を責めないためのやさしい言葉でもあります。ただ、やさしさが行き過ぎて、必要な行動まで止めてしまうことがある点は、少し意識しておきたいところです。
② 周りとの比較が「仕方ない」を強めてしまう
同世代の友人同士で集まると、「もう膝がね」「物忘れがね」と、ちょっとした不調自慢のような会話が出ることもありますよね。
そこで「みんな同じようなものか」と感じると、ますます「年だから仕方ない」という気持ちが強くなります。
でも、本当は同じ年代でも、
- 不調を感じた時点で受診して、早めにケアしている人
- 忙しさや不安から、先延ばしにしている人
など、見えない部分で差がついていることもあります。
「みんなそうだから、自分も仕方ない」と考えるよりも、「同じ年代でもできることを続けている人がいるなら、自分にも少しはマネできることがありそうだ」と発想を変えてみるだけでも、行動のハードルはぐっと下がります。
③ 「頑張りすぎた過去」の反動として出てくることも
40代以降は、仕事・家庭・親の介護など、さまざまな役割を抱えてきた方が多い世代です。
若い頃からずっとがんばり続けてきた人ほど、どこかで「もうこれ以上がんばれない」「もう少し楽したい」という気持ちが出てきても不思議ではありません。
そんなときに、「年だから仕方ないよ」と口にすることは、自分のこれまでの人生をねぎらう意味では、悪いことではありません。
大切なのは、
- 「がんばり方」は変える
- 「あきらめ方」は少し見直す
という視点です。
体を酷使するような若い頃のがんばり方ではなく、「無理しない範囲で、できることを続ける」スタイルに切り替えることで、健康寿命はまだまだ伸ばしていけると考えられています。
「年だから」を言い換える3つの視点
ここからは、「年だから仕方ない」と思ったときに、心の中でそっと言い換えてみてほしい3つのフレーズを提案します。
① 「年齢」ではなく「今の状態」で考える
不調が出たとき、
- 「この歳ならみんなこんなものだろう」
- 「歳相応だから」
と、年齢で片づけてしまう前に、
「今の自分の状態はどうなっているんだろう?」
と、一歩だけ踏み込んでみます。
例えば、
- 「以前と比べて歩くスピードがどれくらい落ちたかな」
- 「階段を上がるのに、前より息切れするようになったかな」
- 「疲れが取れるまでに何日くらいかかるようになったかな」
と、「年齢」ではなく「変化」に目を向けるだけでも、見えるものが変わってきます。
日本整形外科学会のロコモティブシンドローム啓発サイトでも、移動機能の低下(ロコモ)は年齢に関わらず起こりうるものであり、早めに気づいて予防することが大切だとされています。(日本整形外科学会「ロコモONLINE」)
「何歳だから」ではなく、「今の自分の状態をちゃんと知る」ことが、次の一歩につながると考えてみてください。
② 「できないところ」ではなく「今できる一歩」を探す
年齢とともに、「昔はできていたのに、今は難しい」ということが増えていきます。でも、そのたびに自分を責めてしまうと、心も体も疲れてしまいます。
そこで、
- 「昔みたいに毎日ジムに行くのは無理」→「週1回、近所を少し長めに歩いてみよう」
- 「若い頃の体重には戻れない」→「今の体重から2kgだけ落としてみよう」
- 「1時間も運動は続かない」→「5分だけ体を動かす時間をこまめに挟もう」
というように、「今の自分でもできる一歩」に視点を移すことが大切です。
私自身も、ライザップに通い始めたときは、「フルマラソンを走るようなハードなことはとても無理だけれど、日々の食事とトレーニングを1つずつ整えていこう」と考えることで、心の負担が軽くなりました。
この「今の自分でもできる一歩」を積み重ねるスタイルは、健康寿命をのばすうえでも、とても相性が良いと感じています。
③ 「ひとりで抱え込む」から「誰かと分け合う」へ
不調を感じたとき、「こんなことで病院に行ったら迷惑かな」「こんな弱音を吐くのは情けない」と、ついひとりで抱え込んでしまう方も多いと思います。
でも、体や心の変化を誰かと共有することは、それ自体が大切なセルフケアです。
- かかりつけ医に相談してみる
- 家族に「最近こういう変化があってね」と素直に話してみる
- 地域包括支援センターや保健師さんに話を聞いてもらう
こうした小さな一歩が、「年だから仕方ない」とひとりで抱え込む状態から、「年齢とうまく付き合いながら、できることを続ける」状態への橋渡しになります。
特に日本では、健康保険組合や自治体が、フレイル予防・ロコモ予防に関するパンフレットや講座を多数用意しているようです。例えば、健康保険組合連合会のサイトでは、特定健診とあわせてロコモ予防に取り組む重要性が紹介されています。(健康保険組合連合会「ロコモ チャレンジ!」)
「ひとりでどうにかしよう」と思わなくて大丈夫です。頼れる窓口を上手に使うことも、立派なセルフケアだと考えてみてください。
受診とセルフケア、どこまで自分で様子を見る?
ここで気になるのが、
「どこまで自分で様子を見てよくて、どのタイミングで受診した方がいいのか?」
というポイントだと思います。これは個人差が大きく、最終的には医師など専門家の判断が必要ですが、一般的な目安として、次のようなことが言われています。
「すぐ受診」を考えたいサインの例(あくまで一例)
- 突然の激しい痛みやしびれが出た
- 胸の痛み・締め付け感・強い息切れが急に出た
- ろれつが回らない・片側の手足が動かしにくいなどの症状
- 高熱や強いだるさが続く
- 今までにない頭痛が急に起こった
こうした症状は、救急受診を含め、自己判断を避けた方がよいケースの代表例とされています。迷ったときは、地域の救急相談窓口(#7119など)や、自治体の保健師さんに相談する方法もあります。
「早めの受診」を検討したいサインの例
- 同じ痛みや違和感が、数週間以上続いている
- 以前より明らかに疲れやすくなり、日常生活に支障が出ている
- 体重が短期間で大きく増減した
- 気分の落ち込み・不安・眠れない状態が続いている
- 物忘れが増え、自分でも不安になる
こうした状態は、「様子を見過ぎる」と、フレイルや生活習慣病の重症化につながる可能性も指摘されています。早めにかかりつけ医などに相談し、必要であれば専門科を紹介してもらう流れが、安心につながることが多いようです。
なお、厚生労働省や自治体では、40〜74歳を対象とした「特定健診」や、75歳以上を対象とした健診などを通じて、生活習慣病やフレイルの早期発見・予防を進めています。(厚生労働省 「健康寿命の基礎知識」)
「年だから様子を見よう」より、「年齢が上がってきたからこそ、早めに相談しておこう」という発想の方が、むしろ自然なのかもしれません。
セルフケアの役割も、もちろん大きい
一方で、受診さえしていれば安心、というわけでもありません。病院での治療や検査に加えて、日々の生活でできるセルフケアも、健康寿命を支える大事な柱です。
例えば、フレイル予防の観点からは、
- 主食・主菜・副菜をそろえたバランスの良い食事を心がける
- たんぱく質やエネルギー不足になりすぎないように注意する
- 無理のない範囲で、毎日体を動かす機会をつくる
- 人と話したり、外出したりする機会を意識して増やす
といったポイントが、厚生労働省の資料でも紹介されています。(厚生労働省「食事摂取基準を活用した高齢者のフレイル予防事業」)
「病院に行くかどうか」だけでなく、「日常生活でどんな工夫を続けるか」という視点を持つことが、受診とセルフケアのバランスをとるうえで大切です。
「今からでも変えられる」小さな習慣
ここからは、「年だから仕方ない」と感じたときに、今日からでも試せる小さな習慣をいくつかご紹介します。
① 体と心のサインを「メモする」
不調が出たとき、頭の中だけで覚えておこうとすると、
- いつから始まったのか
- どんなときに強くなるのか
- 何かきっかけがあったのか
といった情報が曖昧になってしまいます。
そこで、
- 小さなノート
- スマホのメモ機能
- カレンダーアプリ
などを使って、
- 「◯月◯日:右膝に違和感。階段の下りで痛みを感じた」
- 「◯月◯日:夜中に2回トイレ。いつもより多い気がする」
というように、気になったサインを書き留めておく習慣をつけてみると、受診のタイミングを考えるうえでも役立ちます。
「年だから仕方ない」で終わらせず、「年齢と上手につき合うために、状態を記録しておこう」というスタンスに切り替わっていきます。
② 「○○のせいにしない」言葉の習慣をつくる
ちょっとした意識の変化ですが、
- 「年のせいだから」→「少し気になる変化だから、様子を見ながら考えよう」
- 「自分が悪いから」→「ここからどうしていくか、いま考えてみよう」
というように、「○○のせい」という表現を、「ここからどうするか」に置き換える練習をしてみるのもおすすめです。
言葉の使い方は、思考のクセと深くつながっています。「年のせい」「家系のせい」「仕事のせい」と口にする回数が少し減るだけでも、「自分にもできることがあるかもしれない」という感覚が戻ってきます。
③ 相談できる人・場所のリストをつくる
いざというときに頼れる人や窓口が思い浮かぶと、「ひとりで抱え込まなくていいんだ」と思えるだけで、心が少し軽くなります。
例えば、
- かかりつけ医の名前と連絡先
- お世話になっている薬局・薬剤師さん
- 地域包括支援センターの連絡先
- 相談しやすい家族や友人の名前
などを、ノートやスマホにまとめておきます。
「いつか本当に困ったときに相談できる場所がある」と思えるだけで、「年だから仕方ない」とあきらめてしまう気持ちを和らげてくれることがあります。
私自身も「年だから」を手放してきた
ここまで読んでくださった方の中には、
「そうはいっても、実際に変わるのは難しいよね…」
と感じる方もいるかもしれません。
私自身、ライザップに通う決心をしたのは50代半ばでした。そのときも正直なところ、
- 「この歳から体づくりなんて遅すぎるんじゃないか」
- 「若い人の中で浮いてしまうんじゃないか」
そんな不安が頭の中をぐるぐる回っていました。
それでも、「年だから仕方ない」で終わらせず、「年齢に合ったペースでやれることをやってみよう」と一歩踏み出したことで、体だけでなく、人生の後半に対する考え方も少しずつ変わっていきました。
そのときの記録は、「ライザップ・高血圧オヤジ54歳の挑戦※減量期の全記録!」としてまとめていますが、振り返ってみても、「もう遅い」と思い込んでいた自分に見せてあげたいくらいです。
もちろん、誰もがライザップに通う必要はありません。あくまで一つの例として、「年齢を理由にあきらめなかったことで、見えてくる景色が変わることもある」ということをお伝えできたらうれしいです。
まとめ:年齢を言い訳にしない生き方が、健康寿命をそっと伸ばしていく
最後に、この記事のポイントをゆっくり振り返ってみます。
- 健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」とされており、平均寿命との間には約10年前後の差があること
- 「年だから仕方ない」と不調を放置することは、フレイルや病気の早期発見・早期対応のチャンスを逃してしまう可能性があること
- 「年齢のせい」にしてしまう背景には、自分を守る心理や、周りとの比較、これまでのがんばりの反動など、さまざまな理由があること
- 「年だから」を、
- 「今の状態をちゃんと知る」
- 「今できる一歩を探す」
- 「ひとりで抱え込まず、誰かと分け合う」
といった視点に言い換えることで、行動のハードルが下がること
- 受診とセルフケアはどちらも大切であり、健診や相談窓口を上手に活用しながら、日々の生活習慣も少しずつ整えていくことが、健康寿命を守るうえで役立つと考えられていること
「年だから仕方ない」という言葉を、完全に封印する必要はありません。ときには、自分をいたわる合図として、その言葉が役に立つこともあります。
大切なのは、
「年だから仕方ない」で終わらせるのではなく、
「年齢と上手につき合うために、今できることは何だろう?」と一歩先まで考えてみること。
人生の後半だからこそ、「ここからどう生きたいか」「どんなふうに動ける自分でいたいか」を、あらためて選び直すチャンスでもあります。
この記事が、「年齢のせいにする前にできることがある」と感じていただく、小さなきっかけになったら、とてもうれしいです。
参考リンク・情報源(公的機関など)
- 厚生労働省 「平均寿命と健康寿命」
- 厚生労働省 「健康寿命の基礎知識」
- 厚生労働省「食事摂取基準を活用した高齢者のフレイル予防事業」
- 日本整形外科学会 ロコモONLINE
- 健康保険組合連合会「ロコモ チャレンジ!」
※本記事は上記の公的情報も参考にしつつ、サイト運営者・和久井朗の経験や考えを交えてまとめたものです。
体調に不安がある場合は、自己判断に頼らず、必ず医師や専門家にご相談ください。

