【健康寿命】老いを恐れず、変化を楽しむ人が長生きする

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老いを「劣化」ではなく「変化」として眺めてみる
40代を過ぎたあたりから、ふとした瞬間に「老い」という言葉が頭をよぎることが増えてくる方が多いようです。階段を上ったときの息切れ、白髪やシワ、以前より疲れやすくなった体…。どれもできれば見たくない変化かもしれません。
ただ、同じ変化でも「劣化した」「もうダメだ」と捉えるのか、「お、体からのサインが増えてきたな」「ここからどう付き合っていこうかな」と捉えるのかで、その後の心の状態や行動はかなり違ってくると感じています。
この記事では、人生の後半戦にさしかかった40〜70代の方に向けて、「老いを恐れず、変化を楽しむ」ための考え方や、毎日の小さな工夫を一緒に整理してみたいと思います。テーマは「寿命そのもの」ではなく、「元気に動ける時間=健康寿命」をどう伸ばしていくかです。
なお、専門的な内容の一部は、厚生労働省公式サイトや、内閣府の高齢社会対策の情報などの資料を引用・参照しながら整理しています。詳しい数値や制度について知りたいときは、そちらも参考にしてください。
「年齢」と「老い」は同じではないと考えてみる
まず一つ目のポイントは、「年齢」と「老い」はイコールではない、とゆるく分けて考えてみることです。年齢は単なる数字ですが、「老い」はもっと幅の広い状態を含んでいるように感じます。
同じ60歳でも、すたすた歩いている人もいれば、10分歩くだけで息切れしてしまう人もいます。70代でもフルマラソンを楽しんでいる人もいれば、外出が億劫になっている人もいます。この差は、体質だけでなく、「どう変化と付き合ってきたか」の積み重ねの結果だと言えそうです。
厚生労働省が発表している健康寿命の資料でも、「日常生活に制限のない期間」をできるだけ長くすることが大切だと説明されています。その土台になるのが、年齢を重ねる過程での「考え方」と「小さな習慣」だと考えられています。
年齢の数字は変えられませんが、「老いとの付き合い方」は今からでも変えていくことができます。この感覚を持てるかどうかが、人生の後半を軽やかに過ごすスタートラインになるのかもしれません。
体や見た目の変化を「劣化」ではなく「情報」ととらえる
次に、体や見た目の変化の受け止め方を少しだけ変えてみる視点です。白髪、シワ、筋力の低下、疲れやすさ…。どれも気持ちが沈みやすいポイントですが、「ダメになっていく証拠」ではなく、「体がくれる情報」として眺めてみると、少しラクになります。
体力の変化は「メンテナンスのタイミングのお知らせ」
たとえば、以前より階段で息が上がるようになったとします。ここで「自分はもう終わりだ」と思ってしまうと、外出がおっくうになり、ますます筋力や持久力が落ちてしまう可能性があります。
一方で、「ちょっとメンテナンスが必要になってきたサインかな」と受け止めると、「エレベーターをやめて一駅分だけ歩いてみよう」「寝る前に軽いストレッチを足してみよう」といった、小さな行動に変えやすくなります。
この「サインをどう訳すか」が、健康寿命の分かれ道になると考えられています。
鏡に写った自分を「点」ではなく「物語」として見る
鏡に写るシワやたるみも、できれば見たくないものかもしれません。ただ、そのシワには「笑った回数」「悩んだ時間」「がんばってきた年月」といった、長い物語が刻まれています。
若いころの写真と比べると、どうしても「劣化したところ」に目が行きがちですが、「ここまで生きてきた証拠が顔に出てきたんだな」と眺めてみると、少しだけ誇らしい気持ちになる瞬間もあるようです。
実際に、海外の研究では「加齢に対して前向きなイメージを持っている人ほど、その後の健康状態が良い傾向がある」と報告されているものもあります。もちろん個人差はありますが、「自分の変化をどう意味づけるか」が心身に影響する可能性は高いと考えられています。
小さな不調は「無理する前にブレーキをかける装置」
肩こり、腰の重さ、朝起きたときのだるさなど、「病院に行くほどではないけれど、なんとなく気になる不調」が増えてくる年代でもあります。
これを無視してがんばり続けてしまうと、大きな不調につながってしまうこともあります。
「ちょっと疲れているから、今日は30分早く寝てみよう」「週末は予定を詰め込みすぎず、体を休める日にしよう」といった判断ができるのは、不調というセンサーがあるからこそです。
不調を「敵」と見るのではなく、「無理しないでね」と教えてくれる存在として扱ってあげると、心の緊張も少しほぐれます。
変化を楽しんでいる人に共通している3つの視点
周りを見ていると、同じように年齢を重ねていても、どこか楽しそうにしている人がいます。そうした方々の共通点を眺めてみると、次のような視点を持っていることが多いように感じます。
①「できないこと」より「新しくできること」に目を向ける
若いころのように徹夜はできなくなったとしても、「朝早く目が覚めるようになったから、静かな時間に散歩が楽しめるようになった」など、変化の中で「新しく手に入った時間や楽しみ」を見つけている人が多いです。
たとえば、仕事中心だった40代までは難しかった「平日の昼間に映画を観る」「人の少ない時間帯にスポーツジムへ行く」といった楽しみ方は、人生の後半だからこそできる贅沢とも言えそうです。
②完璧を目指さず「まあ、こんなもんだろう」でOKにする
健康情報があふれている時代だからこそ、「こうしなきゃいけない」が増えすぎて、かえって息苦しくなってしまう方もいます。
変化を楽しんでいる人は、「理想通りにできなくても、7割できていれば十分」と考える傾向があるようです。
たとえば、「毎日ウォーキング30分」と決めても、天気や体調でできない日もあります。そんなときに「今日はダメだった」と落ち込むのではなく、「雨だから家の中で軽くストレッチだけしておこう」と、柔らかく切り替える力があると、心も体も消耗しにくくなります。
③人とのつながりを「競争」ではなく「応援の場」として使う
SNSや友人との会話の中で、つい誰かと比べてしまうことがあります。「あの人のほうが若く見える」「自分のほうが太っている」と感じると、変化を楽しむどころではなくなってしまいます。
変化を前向きに受け止めている人は、人とのつながりを「比べる場」ではなく、「励まし合う場」として使っている印象があります。「お互いに体を大事にしたいね」「無理しないでね」と言い合える関係があるだけでも、老いへの不安はかなり軽くなると感じます。
今日からできる「老いを楽しむ」小さな習慣
ここからは、老いを恐れる気持ちが少し軽くなり、変化を味わいやすくなるための、小さな習慣のヒントをいくつか挙げてみます。どれも「やったほうがいい」ではなく、「やってみてもいいかも」という感覚で眺めていただければ十分です。
朝いちばんに「今の自分」を確認する
起きてすぐの数分は、体の変化を感じ取りやすい時間帯です。
「今日は肩が軽いな」「少し足がむくんでいるかも」など、良い変化もそうでない変化も含めて、「今の自分の状態」を静かにチェックしてみます。
ここで大事なのは、評価や反省をしないことです。「ダメだ」「もっと頑張らなきゃ」とジャッジするのではなく、「今日はこういうコンディションなんだな」と事実だけを眺めるイメージです。
この一手間を続けていくと、ちょっとした変化にも気づきやすくなり、無理しすぎる前に休んだり、軽い運動やストレッチを足したりしやすくなります。
季節の変化を「体で味わう」時間をつくる
年齢を重ねるほど、時間があっという間に過ぎていくように感じる方が多いようです。そのスピードを少しゆるめてくれるのが、「季節の変化を意識して味わう時間」です。
たとえば、
- 春:少し遠回りして、桜並木のある道を歩いてみる
- 夏:朝の涼しいうちに10分だけ散歩して、空気のにおいを感じてみる
- 秋:公園で色づいた葉っぱを眺めながらベンチでひと息つく
- 冬:あたたかい飲み物を持って、澄んだ空気の中を少しだけ歩く
こうした「季節+体の感覚」のセットを増やしていくと、「今年もここまで来たな」「この季節をまた迎えられたな」という小さな喜びが積み重なっていきます。
老いを「減っていくもの」として見るのではなく、「味わえる季節がひとつ増えた」と捉え直すきっかけにもなります。
体を動かすときは「記録」より「気分の変化」に注目する
ウォーキングや軽い体操、ストレッチなどをするとき、「何分歩いたか」「何キロ歩いたか」といった数字も大切ですが、人生後半のボディメイクでは「気分がどう変わったか」に目を向けることも、とても意味があると考えられています。
たとえば、「10分歩いたら気持ちが少しスッキリした」「肩を回したら呼吸が楽になった」「お風呂あがりにストレッチをすると眠りに入りやすい」など、体と心の変化をセットで感じてみます。
こうした感覚を積み重ねていくと、「歩かないといけない」ではなく、「歩いたほうが気持ちいいから、またやってみよう」という前向きな気持ちが育ちやすくなります。
運動の専門的な目安については、厚生労働省の健康づくりの指針なども参考にしてください。
「若いころの自分」と比べるクセを少しだけ手放す
つい心の中で、「あのころの体型に戻りたい」「昔はもっと頑張れたのに」と思ってしまうことがあります。これ自体は自然な感情ですが、あまりにもその比較ばかりしていると、今の自分を受け入れる余地が少なくなってしまいます。
そんなときは、「若いころの自分」を、別の人として扱ってみるのも一つの方法です。「あのときの自分もよく頑張っていたな」「今の自分も、今の環境でできることをちゃんとやっている」と、どちらの自分もねぎらうイメージです。
過去の自分をライバルにするよりも、味方にしてあげたほうが、心の力が抜けて、今の自分の変化も受け止めやすくなります。
老いへの不安を軽くする「心のメンテナンス」
体だけでなく、心にもメンテナンスが必要な時期に入っていきます。ここでは、老いへの不安が強くなってきたときに試してみたい、「心のメンテナンス」の考え方をいくつか紹介します。
不安を書き出し、「自分で変えられること」と分ける
漠然とした不安は、頭の中にあるだけだとふくらみ続けてしまいます。そこで一度、紙やノートに「老いについて不安に思っていること」を全部書き出してみます。
たとえば、
- 将来、歩けなくなったらどうしよう
- 仕事を辞めたあとの生活リズムが不安
- 一人暮らしになったら寂しいかもしれない
といったものが出てくるかもしれません。
書き出せたら、「自分の行動である程度変えられること」と、「自分ひとりではどうにもならないこと」に分けてみます。
「歩く筋力を保つために、今からできることはあるかな」「仕事以外の居場所を少しずつ作っておこうかな」といった、小さな行動につながる不安だけを手元に残し、それ以外は「心の引き出し」にしまっておくイメージです。
不安そのものをゼロにする必要はありません。「不安があるのは当然。そのうち、今できることだけを少しやってみよう」と考えられるだけでも、心はだいぶ軽くなります。
「頼る練習」を少しずつしてみる
日本では、「自分のことは自分で」「人に迷惑をかけてはいけない」と教えられてきた世代が多いと思います。とても大切な価値観ですが、人生の後半に入ると、「上手に頼る力」も同じくらい大事になってくると感じます。
たとえば、
- 重い荷物は無理せず家族や友人にお願いする
- 分からない手続きは、市役所の窓口や地域包括支援センターに相談してみる
- 体や心の不調が続くときは、早めに医療機関や専門家に相談する
など、「ちょっと困った」を誰かと分け合う練習を、少しずつ増やしてみます。
内閣府や自治体のサイトには、高齢期の暮らしを支える制度や相談窓口が整理されていることも多いので、お住まいの地域の情報も一度のぞいてみると安心材料が増えるかもしれません。
人生後半だからこそ持てる「役割」が健康寿命を支える
健康寿命を考えるうえで、「誰かの役に立っている実感」や「社会とのつながり」は、とても大きな要素だと考えられています。仕事を離れたあとも、家族・地域・趣味の仲間など、さまざまな形で「自分の役割」を持ち続けている人ほど、元気に動ける時間が長い傾向があるという報告もあります。
たとえば、
- 孫の送り迎えや遊び相手を引き受ける「じいじ・ばあば」役
- 地域の見守りやボランティア活動で、顔なじみを増やす役
- 趣味のサークルで、初心者の人をやさしくサポートする役
など、肩書きではなく、日常の中で「自分だからできること」を少しずつ増やしていくイメージです。
役割があると、「今日はちょっと体が重いけれど、あの人が待っているから出かけてみようかな」と、前向きな一歩を踏み出しやすくなります。この小さな一歩の積み重ねが、結果的に健康寿命を支える行動になっていくのではないかと思います。
ぼく自身が「変化を楽しむ」きっかけになった体験
ここで少し、書き手である和久井朗としての話もさせてください。
ぼく自身、50代で体重が大きく増え、高血圧など健康面の不安が一気に押し寄せてきた時期がありました。鏡を見るたびに「老けたなあ」とため息をつき、体の重さを感じながら仕事をしていたころです。
その後、思い切ってライザップに通うことを決め、食事や運動、生活習慣を少しずつ見直していきました。最初は「若いころの体型に戻さなきゃ」と力んでいましたが、途中からは「今の年齢の自分が、どこまで軽やかに動けるようになるか」を楽しむ感覚に変わっていきました。
結果として33キロ以上の減量につながりましたが、それ以上に大きかったのは、「年齢を重ねてからでも、体も心も変わっていける」という実感です。この体験の詳しい記録は、ライザップ体験記ブログ※33キロダイエット成功ブログ大公開にまとめていますので、「人生後半からの変化の一例」としても参考にしてください。
もちろん、ライザップに通うことが正解という話ではありません。それぞれの方に合った方法があると思います。ただ、「もう歳だから」とあきらめかけていた自分が、思い切って一歩踏み出したことで、「老い=劣化」ではなく、「老い=新しいチャレンジのスタート」に感じられるようになったのは、間違いなく人生の転機でした。
「今からでも間に合う」変化との付き合い方
ここまで、「老いを恐れず、変化を楽しむ」ためのいろいろな視点や習慣を見てきました。最後に、ポイントをゆるく整理しておきます。
- 年齢という数字と、「老いの状態」は必ずしも同じではない
- 体や見た目の変化を、「劣化」ではなく「体からの情報」として受け取ってみる
- できなくなったことより、「新しくできる楽しみ」を探してみる
- 完璧を目指さず、「7割できたら上出来」と考える
- 人とのつながりを、「比べる場」ではなく「応援し合う場」として使う
- 朝の体チェックや季節を味わう散歩など、小さな習慣を積み重ねる
- 不安を紙に書き出し、「今の自分にできる小さな一歩」だけを選ぶ
- 人生後半だからこそ持てる「役割」が、健康寿命の土台になる
どれも、大きな覚悟や努力が必要なものではありません。今日からできること、今週から試してみてもいいことを、一つだけ選んでみるところからで十分だと思っています。
人生の前半は、「がむしゃらに走り抜ける時間」だったかもしれません。人生の後半は、「変化を味わいながら、自分のペースで歩いていく時間」に変えていくこともできます。
白髪が増えた自分、シワが刻まれてきた自分、以前よりゆっくりしか歩けなくなった自分。そうした自分を、「よくここまで来たね」とねぎらいながら、「ここから先、どう変化していこうか」と楽しみにできるようになると、老いは怖いだけのものではなくなっていくのかもしれません。
「元気に動ける時間=健康寿命」は、今日のちょっとした選択の積み重ねで、まだまだ変えていけると感じています。年齢に関係なく、「今からでも間に合う」変化との付き合い方を、一緒に育てていきましょう。

